
a world
Takashi Kuribayashi
生きてない
生きないこと。生きようとしないこと。実は生きてないこと。
ただ在るの連続。
人間以外は、ただ存在しているだけ。
実は人間もただ存在してるだけで良い。
時間の概念もない。
未来、過去もなく、いまここ。
つまり
今ここ楽しみ続けることの連続。
生きようとしないこと。
俺らは生きてない。
Kayoko Iemura
受け容れて楽しむ
Architect 箱物をデザインするのではなく、様々な事が編み込まれる事で生まれる場siteを紡いでいる。
多様な文化、伝統と未来、若い才能が育まれる、現代音楽、現代アート、パフォーマンス、デザイン、古典とエクスペリメンタル、複層する年齢、身体と言葉、生と死 ・・・
この事によって一人一人の世界が開かれていく出会いとなるように
Hiraku Suzuki
洞窟の壁に光で触れる
Daisuke Nagaoka
主体を返す
『球体の家』主宰。生きることを表す1本の線を引くために『球体の家』を作っている。
もし私たちの住む家が「球」であったなら、住人が動くたび、家は緩やかに回転する。
食事をしたり、笑ったり、喧嘩をしたり、寝返りを打ったり。そんな日々の営みが家を転がすこととなる。そしてそこに生きた事実が、回転となり、痕迹となり、大地に線を引くのだ。
『球体の家』では、農、生物、社会や制度をはじめ、その実現に必要なあらゆる要素の検証、実験、研究を通して活動している。
Tyuki Bhati Imamura
co-habitation — 共に在るということ。
hauntology — 共に在るということ。
systemのそとに — 共に在るということ
Yusaku Imamura
Wit pimkanchanapong
Daizaburo Sakamoto
山伏
山伏は山を拠点にして、自然の根源にあると考えられた聖なるものと人々を結び付けてきた存在である。 仏教や神道と関わりながらも、枠に収まらない融通無碍(マージナル)な存在であり、Hijiri(暦/火を知るもの)とも呼ばれる。 英語圏ではシャーマンと呼ぶだろうか。 日本の芸術や芸能は山伏の活動から生まれたものが多い。私は芸術や芸能のはしまりに関心を持って山伏の世界に足を踏み入れ活動している。 現在は、日本の北部にある月山のふもとで暮らしている。
Kyan Jain
健康 家族 友達 パートナー 人との繋がり 時間 自由 食
Yumeto Ikegami
A Flower in the mud
Eiko Soga
人、動植物、物の声を丁寧に聞く。
ものづくりを通して、その土地 の風景や歴史と人々の営みを実際に生活しながら学び、そこから得た知識や、出会う人々との記憶を辿りな がら制作を行う。
それらを、映像、テキスト、インスタレーション作品として発表している。

